父が夢見た互助共生社会
9月20日の朝、父・佐久間進が満88歳で旅立った。多くの業界関係者の方々には、通夜式にご弔問、葬儀告別式・お別れの会にご参列いただき、心より感謝申し上げます。
通夜および葬儀には、日本で唯一のミャンマー式寺院の「世界平和パゴダ」から多数の僧侶にご参列いただいた。故人が、世界平和パゴダ奉賛会の会長を務め、支援活動を続けていた御縁からである。
父は、生涯をかけて人間の「こころ」と「かたち」を追求したが、その一環として、皇産霊大神を祀る「皇産霊神社」を創建し、その代表役員を務めた。神道の伝統を守りつつ、さらには平成の寺子屋ともいえる「天道館」を創設。仁義礼智忠信孝悌といった儒教の教えを広める場を設けた。
神道・儒教・仏教といえば、日本人の「こころ」の三本柱だが、その三宗教が平和的に共生できたのは聖徳太子の功績だと言えよう。父は生涯、聖徳太子を崇拝し、太子が死後に向かったという天寿国に憧れを抱いていた。
父は國學院大學で国学と日本民俗学を学び、北九州の地で冠婚葬祭互助会を創業した。本居宣長や平田篤胤らの国学が「日本人とは何か」を問う学問なら、柳田國男や折口信夫らの日本民俗学は「日本人を幸せにする方法」を探る学問であった。そして、父にとっての冠婚葬祭互助会はその学びを実践するものだった。
生前の父は「互助会は日本人によく合う」と常々語っていた。また、「互助会の可能性は無限である」、さらには「互助会こそが日本を救う」という強い信念を持っていた。
そして、父は亡くなる直前まで、人々が助け合い、支え合う「互助共生社会」という新たな社会像を胸に描いていた。それは、まさに、わたしが長年提唱し続けてきた「ハートフル・ソサエティ」そのものであった。