令和こころ通信 『西日本新聞』連載 第23回

結婚は最高の平和である

 新型コロナウイルスの猛威が収まらない中、先日、神戸を訪れた。同業者のご子息の結婚披露宴に出席するためだ。

 この時期に開かれた結婚披露宴に、全国からマスク姿の方々が参集、新郎新婦を祝福した。その姿を見て感銘をおぼえた。

 先日、ついに東京五輪の延期が決定した。

 さらに最近では、結婚式などのキャンセルも相次ぎ、冠婚葬祭業界も混乱している。

 しかし、1件の結婚式は五輪よりも重いとわたしは思う。「五輪は平和の祭典」などと言うが、結婚とは「最高の平和」であり、結婚式こそは「最高の平和のセレモニー」だからだ。

 思うに、「戦争」という言葉の対義語は「平和」ではなく、「結婚」ではないだろうか。「平和」という語を辞書で引くと、意味は「戦争がなくて世が安穏であること」となっている。平和とは、戦争がない状態、つまり非戦状態のことなのだ。だが、戦争というのは状態である前に、何よりもインパクトのある出来事なのだ。単なる非戦状態である「平和」を「戦争」のような強烈な出来事の反対概念に持ってくるのは、どうにも力不足という感じがする。

 また、「結婚」の反対は「離婚」と思われているが、これも離婚というのは単に法的な夫婦関係が解消されただけのことだ。「結婚」は戦争同様、インパクトのある出来事である。

 戦争も結婚も共通しているのは、別にしなければしなくてもよいのに、好き好んでわざわざ行う点である。だから、戦争も結婚も「出来事」であり、「事件」なわけだ。

 結婚には、異なるものと結びつく途方もなく巨大な力が働いている。それは、陰と陽を司る「宇宙の力」と呼ぶべきものである。同様に、戦争が起こるときにも、異なるものを破壊しようとする宇宙の力が働いている。つまり、「結婚」とは友好の王であり、「戦争」とは敵対の王なのである。

 人と人とがいがみ合う。それが発展すれば喧嘩になり、それぞれ仲間を集めて抗争となり、さらにはテロのような悲劇を引き起こし、最終的には戦争へと至ってしまう。

 逆に、まったくの赤の他人同士であるにもかかわらず、人と人とが認め合い、愛し合い、ともに人生を歩んでいくことを誓い合う結婚とは究極の平和であると言えないだろうか。

 結婚は最高に平和な「出来事」であり、「戦争」に対して唯一の反対概念になるのだ。わが社では、日々お世話させていただくすべての結婚式が「世界平和」という崇高な理念を実現する営みであるととらえ、心からのサービスに努めている。