平成心学塾 法則篇 自分の法則を見つけよう #014

「感謝」と「志」とは何か

「物識(し)り」よりも「物分(わか)り」

現代物理学のキーワードである「モノからコトへ」は、そのまま仏教の「諸行無常」という思想につながります。

「諸行無常」と聞いて、多くの日本人はある古典文学を思い出すのではないでしょうか。そうです、『平家物語』です。冒頭に、「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響きあり」と出てきますね。

そして、その次には、「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)を顕(あらわ)す」と続きます。

「盛者必衰の理」とは、わたしの大好きな言葉で座右の銘の一つでもあります。よく考えてみれば、これも一種の「法則」であることに気づきます。そして、なぜ「法則」ではなく、「理」なのかということを、ふと思いました。西洋なら、きっと「盛者必衰の法則」と表現したのではないでしょうか。

わたしは、ひょっとして日本人は「法則」よりも「理」を好むのではないか。「法則」よりも「理」が日本人にはふさわしいのではないかと思い至りました。では、「理」とは何でしょうか。

ひと口に理、「ことわり」というと、まず思い浮かぶのは「論理」でしょう。この論理という語に対して、古来より「情理」という語があります。単なる知識の理ではなくて、情というものを含んだ理です。「パスカルの原理」で知られるフランスの哲学者パスカルは、頭の論理に対して胸の情理を力説しましたが、「感情というものは心の論理である」との名言を残しています。

論理より情理に入って、さらに、わたしたちの人生の理というべきものに「実理」「真理」「道理」などがあります。安岡正篤は、「物識り」よりも「物分り」が大事であると述べました。「物識り」というのは、単なる論理やいろんなことを知っているだけだ。情理や実理、真理、道理など本当の理を解することを「物分り」というのです。

そして、究極の理として「天理」があります。天理とは、天地自然の理のことです。「天」は大いなる造化、万物を創造し、万物を化育してゆきます。その名も「天理教」の本部を視察したことがきっかけになって天理を悟ったという松下幸之助は、「無理をしないということは、理に反しないということ、言いかえると、理に従うことです」と語りました。

松下幸之助の「事業を必ず成功させる法」

春になれば花が咲き、秋になれば葉が散る。草も木も、芽を出すときには芽を出し、実のなるときには実を結び、枯れるべきときには枯れていく。まさに自然の理に従った態度です。そして松下幸之助は、「人間も自然の中で生きている限り、天地自然の理に従った生き方、行動をとらなければなりません。といっても、それは、別にむずかしいことではない。言いかえると、雨が降れば傘をさすということです」と語り、事業経営に発展の秘訣があるとすれば、やはりこの天地自然の理に従うことであると強調しました。雨が降れば傘をさすごとくに、平凡なことを当たり前にやるということに尽きるというのです。

松下幸之助はいいます。事業というものは天地自然の理に従って行なえば、必ず成功する。いいものをつくって、適正な値段で売り、売った代金はきちんと回収する。簡単に言えば、それが天地自然の理にかなった事業経営の姿である。そしてそのとおりにやれば、100%成功するものだ。成功しないとすれば、それは品物が悪いか、値段が高いか、集金をおろそかにしているか、必ずどこかに天地自然の理に反した姿があるからである。孫子は「彼を知り己を知らば、百戦してあやうからず」と言っているが、それが天地自然の理にかなった戦の仕方だからである。

ここでいう「天地自然の理」は「宇宙の法則」などよりも、ずっと日本人が信じ、かつ大事にしてきたものではなかったでしょうか。では、わたしたちが「天地自然の理」に沿って生きるのにはどうしたらよいのでしょうか。

「受け容れよ」と「ありがとう」

「引き寄せの法則」へのアンチテーゼ

ここで、もう一度、仏教に戻りたいと思います。第一章で紹介した『「そ・わ・か」の法則』の著者である小林正観氏は、「般若心経」の最大のメッセージとは、「苦」とは「思いどおりにならぬこと」であり、それを受け容れることが楽になることだったとしています。ブッダは、この世の悩み・苦しみの根源は「思いどおりにならないこと」と見抜いていた。だから、ブッダは「思いどおりにしようとしないで、受け容れよ」といったのであり、その最高の形は「ありがとう」と感謝することだったというのです。

小林氏はいいます。思いが強ければ強いほど、つまり「これをどうしても実現したい」「これをどうしても手に入れたい」「どうしても思いどおりにしたい」と思う心が強ければ強いほど、じつは「いま自分が置かれている状況が気に入らない」ということである。ということは、その状況を用意している宇宙や神に対して「あんた方のやっていることが気に入らないんだ」と宣戦布告しているようなものだというのです。小林氏は、『釈迦の教えは「感謝」だった』で次のように述べます。

「思いどおりにしよう、思いどおりにしたいと思えば思うだけ、逆に、『感謝』というところからは遠いところにいる。これが宇宙の法則であり、宇宙の真実です」

「宇宙を味方にする最良の方法とは、ありとあらゆることに不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないこと。否定的、批判的な考え方でものをとらえないこと。これに尽きるのです」

これは「引き寄せの法則」に対する強烈なアンチテーゼではないでしょうか。たしかに考えてみれば、「思いは実現する」「強い願いは、対象を引き寄せる」のであれば、世の中にガンで死ぬ人も、無実の罪で死刑になる人も、会社が倒産して自殺する経営者もいないはずです。それらのガン患者、死刑囚、経営者の「生きたい」「無実を明らかにしたい」「会社を潰したくない」という願いはものすごく強烈であるからです。その人たちは、常人の何十倍、何百倍の強い思いを抱きながら、無念のまま死んでゆくのです。だから、「強い思いを持てば、必ず思いどおりになる」というのは「法則」どころか、きわめて当たりくじの少ない宝くじのようなものです。むしろ、思いが強ければ強いほど宇宙を敵にまわして、ものごとは反対の方向に動いていくのかもしれません。

ラテン語で、「現在」のことを「プレゼント」といいます。小林氏によれば、今あるものは全部が神のプレゼントなのです。要求をぶつけて、「何か欲しい」「早く寄こせ」という人がいれば、神はそういう人間にさらなるプレゼントはしません。

「まだ半分ある」の向こう側

わたしは、小林氏の本を読んで、水の入ったコップを連想しました。コップに半分残った水。まあ、水ではなく、わたしの好きなシャンパンでもチューハイでも何でもいいのですが、それを見て、どう思うか。ずばり、「もう半分しかない」と思うか、「まだ半分ある」と思うか。前者はその後に「困った」という言葉が、後者は「良かった」という言葉が続くでしょう。そして、「求めよ、さらば与えられん」とするキリスト教的発想においては「もう半分しかない」と思い、「足るを知る」仏教的発想においては「まだ半分ある」と思いがちではないでしょうか。どちらが幸福感を得られやすいかはいうまでもありません。

大切なことは、「まだ半分ある」の向こうには、そもそも最初に水が与えられたこと自体に対して「ありがたい」と感謝する心があることです。やはり、「感謝」は幸福になるための入口であるようです。

中村久子という人をご存知でしょうか。明治30年に生まれ、難病による両手両足の切断という重い障害を抱えながらも、72年の人生をたくましく生き抜いた女性です。

飛騨高山の貧しい畳職人の家でしたが、久子は結婚一一年目に生まれた子であり、両親の寵愛を一身に受けます。しかし、彼女が数えで三歳のとき、「突発性脱疽」という病気を患います。肉が焼け、骨が腐り、体の組織が壊れてしまうという難病でした。医師からは、「両足を切断しなければならない。だが、子どものことだから、命の保証はない」と宣告されます。両親は「切らずに治してください」と医師にすがる一方で、父は藁(わら)をもつかむ重いで新興宗教に走ります。

久子の治療費と集会所へのお布施で、一家は貧困を極めていきます。ある日、久子のけたたましく泣き叫ぶ声に、母が台所から駆け込んでくると、白いものが転げていました。左手首がぽっきりと包帯ごと、もげて落ちていたのです。母はあまりの驚きと悲しみのために、気を失ったといいます。

久子は病院に担ぎ込まれ、その月のうちに左手首、ついで右手首、次に左足は膝とかかとの中間から、右足はかかとから切断されました。その後、何度も手術を繰り返します。

そのうち、父が亡くなり、母も病気になる。生活苦から見世物小屋に自ら入り、「だるま娘」として23年間も好奇の眼にさらされました。それでも、障害者には他に生きる道がないため、じっと運命に耐えたのです。そして、彼女は自分の力で人生を好転させていきます。独学で読み書きを覚え、本を読んで教養と精神性を高めました。

久子は生きる希望を絶対に捨てませんでした。結婚や出産、そして育児までをも立派にこなします。両手がなくとも、料理も作り、裁縫までして生計を立てました。

「奇跡の人」として知られるかのヘレン・ケラーが来日して、久子に初めて面会したとき、「私より不幸な人、そして偉大な人」と涙を流しながら言ったそうです。

晩年は全国を講演して回り、障害者をはじめ多くの病で苦しむ人々に勇気を与え続けた中村久子は、次のような詩を残しています。

「ある ある ある」

さわやかな

秋の朝

「タオル取ってちょうだい」

「おーい」と答える

良人(おっと)がある

「ハーイ」という

娘がおる

歯をみがく

義歯(いれば)の取り外し

かおを洗う

短いけれど

指のない

まるい

つよい手が

何でもしてくれる

断端(だんたん)に骨のない

やわらかい腕もある

何でもしてくれる

短い手もある

ある ある ある

みんなある

さわやかな

秋の朝

大変な読書家でもあった久子は、『歎異抄』をはじめとした書物を愛読し、そこから無の世界を学んだそうです。

久子の次女である中村富子氏は、「その母が無の世界から有の世界を見いだしました。無いと思って悲しむよりも、有ると知ったときの歓びはとても大きく、こころ豊かになりました」と著書『わが母中村久子』で述べています。

手も肘から先が無いのではなく、肘から上が有るのです。足も膝から下が無いのではなく、膝から上が有るのです。中村富子氏は、「もろもろのもの、これだけしか無いのではなく、これだけ有るではないか……と。発想の有る無いの違いで、こんなにも心豊かになっていく。母はその嬉しさを詩に託しました」と述べます。

久子は講演会でいつも、「人生に絶望なし」と強調したそうです。また、日常生活においては「いのち、ありがとう」を口癖とし、常に感謝の心を忘れなかったといいます。

久子は熱心な仏教の信仰者でした。彼女は仏教から「まだ半分ある」の心を学んだのかもしれません。そして、それは「コップの水はまだ半分ある」ではなく、「わたしの手足はまだ半分ある」という命がけの悟り、究極の悟りだったのです!

まさに彼女は、「まだ半分ある」の向こう側を見つめた偉人でした。そもそも最初に「いのち」が与えられたこと自体に対して「ありがとう」と心から感謝したのですから。

ちなみに、両手がないことで久子が唯一の不便を感じたことは、仏様を敬うために、また他人に感謝の心を表すために両手を合わせて合掌ができないことだったそうです。

久子は、死ぬまで自分を産んでくれた母親に感謝し続けました。昭和40年9月、高山市国分寺の境内地に悲母観音像を建立し、開眼法要を営んでいます。その2年半後に、久子は人間としての品格にあふれたその生涯を閉じたのです。彼女こそは、正真正銘の「幸福の法則」に気づいた人だったのではないでしょうか。わたしは、心からそう思います。

幸福に至る最初のスイッチ

実際、多くの人々が「感謝」の心こそ、「幸福」への道だといっています。そのとおりです。そして「大自然に感謝すべし」とか、「宇宙に感謝すべし」という宗教家のメッセージもよく目や耳にします。まったくそのとおりだと思います。でも、なかなか普通の人間がそこまで達観することも難しいでしょう。しかし、どこかで感謝のスイッチを入れて、心を「感謝モード」にすることが大切なのも事実。ならば、どうするか。

わたしは、こう考えます。わたしは、会社を経営しています。冠婚葬祭を業としていますので、「礼」というものを非常に重んじています。「礼」とは、つまるところ、「人間尊重」ということです。

そんな当社では、全社員の誕生日を祝っています。老若男女を問わず、誰にでも平等に毎年訪れる誕生日。誕生日を祝うということは、その人の存在すべてを全面的に肯定することです。まさに「人間尊重」そのものです。

社長であるわたしは、1500名近い社員全員に自らバースデイカードを書き、プレゼントをつけて贈っています。毎日の各職場の朝礼において、誕生日を迎えた人にカードとプレゼントを渡し、職場の仲間全員で「おめでとうございます!」の声をかけて、拍手で祝っています。

社員の皆さんも、とても喜んでくれているようです。そのかわりに、わたしは皆さんに対して、一つのお願いをしました。それは、「誕生日には、ぜひ自分の親に感謝していただきたい」というお願いです。

ヒトの赤ちゃんというのは自然界でもっとも弱い存在です。馬の子は馬の子として、犬の子は犬の子として生まれてきますが、人間の子どもは人間として生まれてきません。自分では何もできない、きわめて無力な弱々しい生きものです。すべてを母親がケアしてあげなければ死んでしまう。じつに2年間もの長期にわたって、常に細心の注意で世話をしてやらなければ、放置しておくと死んでしまうのがヒトの赤ちゃんです。こんなに生命力の弱い生き物は他に見当たりません。

わたしはずっと不思議に思っていました。「なぜ、こんな弱い生命種が滅亡せずに、現在まで残ってきたのだろうか?」と。そして、あるとき突如として、その謎が解明しました。それは、ヒトの母親が子どもを死なせないように必死になって育ててきたからです。そもそも、出産のとき、ほとんどの母親は「自分の命と引きかえにしてでも、この子を無事に産んでやりたい」と思うものです。実際、母親の命と引きかえに生まれた新しい命も珍しくありません。また、無事に出産したとしても、産後の肥立ちが悪くて命を落とした母親も数えきれません。まさに、母親とは命をかけて自分を産んでくれて、育ててくれた存在なのです。

ある意味で、自然界においてヒトの子が最弱なら、ヒトの母は最強といえるかもしれません。そして、その母子を大きく包んで、しっかりと守ってやるのが父親の役割です。誕生日とは、何よりも、命がけで自分を産んでくれたお母さん、そして自分を守ってくれたお父さんに対して感謝する日だと思います。

わたしは、自分の誕生日に両親に対して心からの感謝をすることこそ、感謝のサイクルに突入して、心を感謝モードにする第一スイッチであるような気がしてなりません。そして、両親への感謝から宇宙や自然や神仏への感謝につながってゆくのではないでしょうか。

このように、わたしは「感謝」こそが「幸福」にいたる道であり、そのための最初のスイッチとして、自分の親に感謝するということが有効であると信じています。

もろもろの不安や不幸を吹き飛ばす

このことは単なる道徳的教訓などではありません。心理学的にも大きな意味があるのです。人間に「自我」があることは何度も述べましたね。その「自我」が、死の恐怖を生み、さまざまな欲望を生み、ある意味で人間にとっての「不幸」の原因をいろいろと生んできたわけです。岸田秀氏は、「自我」について、『一神教vs多神教』で語っています。

「人間は本能が壊れて自我をつくらざるを得ない。自我には支えがあって初めて成り立つんで、支えが必要です。何がその支えになるかということなんだけど、本能が壊れていてメチャクチャなんですから。人間は人間であるかどうかというのさえ決まっていないのです。だから、人間の自我はまず自分を人間だと思うところから始めなければならないんです。自分を人間だと思うためには、自分を人間だと規定してくれる何かが要るんだということです」

そして、その自分を人間であると規定してくれる存在とは、必ずしも神である必要はなく、普通は自分を産んだ親に求めるというのです。なぜなら、親とは自分をこの世に出現させた根本原因としての創造主だからです。つまり、親に感謝することは、自分を人間であると確信することであり、自我の支えとなって、もろもろの不安や不幸を吹き飛ばすことになるのです。これが、「幸福になる法則」でなくして、何が「幸福になる法則」でしょうか。親に感謝すれば幸福になるという意外にも超シンプルなところに、「幸福になる法則」は隠れていたのです。

ある意味で人間関係をよくする「法則」の体系であった儒教においては、親の葬礼を「人の道」の第一義としました。親が亡くなったら、必ず葬式をあげて弔うことを何よりも重んじたというのも、結局は「親を大切にせよ」ということでしょう。そして、親を大切にするということは、すべての幸福のサイクルを作動させる初動動作なのだということを孔子や孟子は知っていたように、わたしは思います。

もっとも大切なものは「志」である

そして、個人の心のあり方としては、親に感謝して大切にするということで幸福になれるのですが、人間は一人だけでは生きていけません。社会と関わる必要があります。社会の中において、人間が幸福になれる道とは何でしょうか。

わたしは、「志」というものが必要であると思います。結局、もっとも大切なものは「志」であると、わたしは思います。

「志」とは心がめざす方向、つまり心のベクトルです。「志」に生きる者を志士と呼びます。幕末の志士たちはみな、「青雲の志」を抱いていました。かの吉田松陰は、「人生においてもっとも基本となる大切なものは、志を立てることだ」と日頃から門下生たちに説いていました。そして、「志」の何たるかについて、こう説きました。

「志というものは、国家国民のことを憂いて、一点の私心もないものである。その志に誤りがないことを自ら確信すれば、天地、祖先に対して少しもおそれることはない。天下後世に対しても恥じるところはない」

また、「志」を持ったら、その志すところを身をもって行動に現さなければなりません。その実践者こそ志士であるとする松陰は、志士のありよう、覚悟というものをこう述べました。

「志士とは、高い理想を持ち、いかなる場面に出遭おうとも、その節操を変えない人物をいう。節操を守る人物は、困窮に陥ることはもとより覚悟の前で、いつ死んでもよいとの覚悟もできているものである」

最近の経営書を読むと、「志」の重要性について言及しているものが多くなってきたように思います。「志」の条件についてもさまざまな示唆があります。「長期の視野に立つこと」であるとか、「社会に貢献すること」であるとか、「幼少の頃の夢を思い起こすこと」であるとか、「内部からの願い」であるとかです。

どれも完全な間違いではありませんが、いずれも「志」の核心はついていないと思います。また、「夢」と「志」を混同しているものが多いのが気になります。

わたしは、「志」というのは何よりも「無私」であってこそ、その呼び名に値すると思っています。松陰の言葉に「志なき者は、虫(無志)である」というのがありますが、これをもじれば、「志ある者は、無私である」といえるでしょう。簡単にいえば、「自分が幸せになりたい」というのは夢であり、「世の多くの人々を幸せにしたい」というのが志です。夢は私、志は公に通じているのです。自分ではなく、世の多くの人々。「幸せになりたい」ではなく「幸せにしたい」、この違いが重要なのです。

「引き寄せの法則」は「手段」を選べない

さまざまな「引き寄せの法則」本に出てくる実例としての願望は、すべて「幸せになりたい」というものばかりです。「引き寄せの法則」系のロングセラーにナポレオン・ヒルの『巨富を築く13の条件』という本があります。わたしも読んだことがありますが、人間の心のエネルギーが持つ可能性について明快に説いた好著だと思います。世の企業の創業者には、この本の愛読者が多いことも知っています。

でも、この本は「取り扱い注意」の危険な本でもあるのです。なぜなら、「いかにして成功するか」「いかにして巨富を得るか」について書いてあるのはもちろんですが、そのための最大の秘伝として、「自分の成功した姿を具体的な視覚として想像する」こと、すなわち「視覚化(ヴィジュアライゼーション)」が紹介されているからです。

わたしは、ナポレオン・ヒルが主張する「思考は現実化する」というのは真理だと思います。また、思考を現実化させるためには、「視覚化」が最大の効果を発揮することも事実だと思います。実際、さまざまな宗教や神秘主義における修行においても「視覚化」の重要性が説かれています。

ところで、「巨富を築く」というイメージを具体的に視覚化した場合、どうなるでしょうか。それは、豪華な社長室で最高級の椅子に座っている、高級車を乗り回す、自家用ジェットで移動する、豪邸に住む、別荘を持つという、いわゆる「富豪」のライフスタイルを想像するのではないでしょうか。でも、それは別に悪いことではありませんよね。わたし自身は、別にそのような願望は抱いていませんが、ある人が豪華なオフィスや自家用ジェットを望んだとしても、それはその人の自由であって、何ら他人から非難される筋合いはありません。

ただ、問題なのはその「手段」です。ここで、「引き寄せの法則」を紹介した第二講を思い出してください。「引き寄せの法則」は、思考の対象そのものを引き寄せるだけで、否定形かどうかは判断できないといいました。「この洋服に何もこぼしたくない」は「この洋服に何かをこぼしたい。もっと何かをこぼしたい」となり、いくら否定形の表現をしても、それを引き寄せてしまうのです。

おそらく、人間の脳のメカニズムそのものに原因があるのだと思います。なぜか、人の脳は「NO」がわからないのです。

そして、「引き寄せの法則」がわからないものは「否定形」だけではありません。もう一つ、わからないものがあります。それは、じつは「手段」なのです。「引き寄せの法則」は、思考の対象そのものを引き寄せるだけです。そして、その特性ゆえに「手段」を選ぶことはできないのです。

三つの願いをかなえてくれる「猿の手」

「猿の手」という短編小説をご存知ですか。イギリスの作家W・W・ジェイコブズが二十世紀の初めに書いた怪談です。ホラーのアンソロジーなどには必ずといっていいほど収録される有名な古典で、創元推理文庫の『怪奇小説傑作集1』にも入っています。この小説こそは、「引き寄せの法則」が「手段」を選べないという事実をテーマにしているのです。

インドで作られたという猿の手のミイラを初老の夫婦が入手します。この猿の手は、三つの願いをかなえてくれるというのです。でも、三つだけです。

夫婦は最初に、200ポンドの大金が欲しいと願いました。すると翌日、夫婦の一人息子が勤め先の工場で事故死したという知らせが入ります。機械にはさまれて死んだのです。そのため、会社から賠償金がわりに大金が支払われます。その額は、夫婦が願ったのと同じ200ポンドでした。息子の遺体は墓地に埋葬されましたが、半狂乱になった母親は猿の手に「息子を生き返らせて欲しい」という2つ目の願い事をします。すると、墓地から甦った息子がやって来て、家のドアをノックします。こんな行為は神への冒瀆になると思った父親は3度目の最後の願いを猿の手に祈ります。とたんにノックの音はやみ、息子の屍は墓場へと帰っていったのでした。

以上が「猿の手」のあらすじですが、最初に夫婦が願った「200ポンド欲しい」という思考は、息子を事故死させるという恐ろしい「手段」を使って引き寄せられたのでした。おそらく、この夫婦は「200ポンドを手にしている自分たちの姿」を視覚でイメージしたのでしょう。もしくは、猿の手とは、願い事を具体的に視覚化させる「引き寄せマシーン」だったのかもしれません。まるで、「ドラえもん」のような世界ですね。

『巨富を築く13の条件』を座右の書とした経営者

思考を現実化するための視覚化の重要性が書かれている『巨富を築く13の条件』ですが、この本を座右の書として愛読したある経営者がいました。

少年時代に、父の会社が倒産し、生活は困窮をきわめたそうです。そのときの想いは、なんとか「成功したい」「富を得たい」「世の人々を見返したい」という強い想いになったようです。そして、ナポレオン・ヒルの本を読んで、ひたすら自分が巨富を得ているイメージを具体的にビジュアルの形でイメージしました。

苦学して大学を卒豪した彼は、商社に入り、そこで人気のディスコをプロデュースして、時代の寵児となります。その後、独立した彼は、日雇い労働者の派遣をはじめ、在宅介護の世界にも進出していく。彼の会社は急成長し、若くして経団連の理事にまでなったのです。そして、六本木ヒルズの本社、田園調布の豪邸、数々の高級外車、自家用ジェット機、彼は次々に欲しいものを得ました。軽井沢の別荘にはフットサルのコート、ボウリング場、プールも置いたといいます。

おそらく、『巨富を築く13の条件』に書いてあるビジュアライゼーションを実践して、彼は実際に欲しいものたちを引き寄せたのでしょう。ただ、「手段」が問題でした。日雇い労働者たちからは不当な福利厚生費を騙し取っていました。介護においても、とにかく売上げを伸ばすことが方針で、利用者にとっては不要なサービスも追加するよう職員に命じていました。そして、派遣業でも介護業でも違法行為がありました。その結果、彼はせっかく得た富も地位も名誉もすべて失ってしまいました。「引き寄せの法則」は「手段」を選ばず、一度は夢をかなえてくれますが、その後は悪夢に突き落とすという側面があるのです。

何かに似ていると思いませんか。そう、ゲーテの『ファウスト』に出てくるメフィストフェレスのような悪魔ですね。それもそのはず、「引き寄せの法則」の本質とは、魔術なのです。前に「引き寄せの法則」の正体は錬金術といいましたが、さらには魔術にまでつながっているのです。