引き寄せの法則
歴史上もっとも著名な人々が知っていた「秘密」
『ザ・シークレット』
2007年の日本の出版界は、アメリカ発の大型台風に直撃されました。「引き寄せの法則」という名の台風です。発端は、『ザ・シークレット』(ロンダ・バーン著、山川紘矢+亜希子・佐野美代子訳、角川書店)という一冊の本でした。帯には「全世界で860万部突破! 今年最大の話題作、待望の日本上陸!!」と書かれています。どれだけすごい本なのかと非常に期待が高まります。
カバーの裏面には次のような「はじめに」の一部が紹介されています。
「この『秘密』は、代々伝えられる中、人々に熱望され、隠され、失われ、盗まれ、莫大なお金で買われたこともありました。歴史上最も著名な人々は、何世紀も前から存在していたこの『秘密』を理解していたのです。プラトン、ガリレオ、ベートーベン、エディソン、カーネギー、アインシュタイン等の発明家、理論家、科学者、偉大な思想家達です。そして、ついに今日、この『秘密』が世界の人々の前に開示されたのです」
なんだか、本当にすごいことになってきました。そんなものすごい「秘密」を理解してしまったら、読者はどうなるのでしょうか。カバーには「あなたは欲しいものを手に入れ、なりたい人物になれ、やりたいことが何でもできるようになるでしょう」と書かれています。まるで、魔法ですね。
そう、この「秘密」とは「魔法」そのものであり、別名を「引き寄せの法則」と呼ぶのです。十九世紀の思想家プレンティス・マルフォードは、次のように語りました。
「人生で、あなたに起きている事は、全てあなたが引き寄せています。あなたが、思い、イメージすることが、あなたに引き寄せられて来るのです。それは、あなたが考えていることです。なにごとであれ、あなたが考えていることが、あなたに引き寄せられてくるのです」
自己啓発において現代の第一人者として知られているボブ・プロクターによれば、世界の1%の人々が世界の96%の富を握っているといいます。それは偶然ではなく、彼らの思考の大半を富や豊かになることが支配していたからだそうです。気づくか気づかないかは関係なく、彼らは富のことばかり考えていたので、富がやって来たというのです。つまり、「引き寄せの法則」が作動したわけです。
宇宙でもっとも偉大な法則
国際的ベストセラー作家のジョン・アサラフは、「この法則を一番簡単に理解するには、自分を磁石だと考えるとわかりやすいでしょう。磁石は物を引き寄せるからです」と語っています。アサラフはまた、人間の願いによって発動する「引き寄せの法則」こそ、宇宙でもっとも偉大な法則であると述べています。
オーストラリアのテレビプロデューサーで、『ザ・シークレット』の著者であるロンダ・バーンも、「この宇宙であなたが一番強力な磁石なのです。この世界では、あなたの中の磁石が何よりも強いのです。そしてその底知れない磁石はあなたの思考を通してあなた全体から放射されているのです」と書いています。磁力の放射によって何が起こるのか。それは、よく知られた言葉である「類は友を呼ぶ」といった現象です。人間が考えていることと似た思考を引き寄せてしまうのです。
作家のマイク・ドーリーも要約しているように、「引き寄せの法則」は他の簡単な言葉に言い換えることができます。すなわち、「思考は現実化する」です。どこかで聞いたことのある言葉ですね。そう、自己啓発の世界における最大のスーパースター、ナポレオン・ヒルの言葉であり、彼による同名の著書も出版されています。
「思考は似た思考を引き寄せる」「思考は現実化する」といった考え方は、じつはここ100年以上のあいだ、手を変え品を変え、登場してきました。その源流をたどると、「ニューソート」というアメリカの思想運動にたどり着くのですが、そのことはまた後で詳しくお話ししたいと思います。もともとアメリカでは、ごく初期の時代から「幸福追求運動」なるものが存在しており、「アメリカ独立宣言」を起草したベンジャミン・フランクリンや心理学者ウィリアム・ジェームズらが代表的人物として知られています。
「引き寄せの法則」に戻りましょう。ロンダ・バーンによると、この法則は自然の法則だそうです。「それは万有引力の法則と同じように、公平、かつ客観的なものです。それはまた、厳密かつ正確な法則です」と書いています。
自然法則ですから、個人的な感情を汲み取ってくれないし、善悪の区別もしません。「引き寄せの法則」は、人の考えていることをその人に還元するだけ、つまり、「あなたの思いを受信して、ただそれを送り返してあなたの人生経験にしている」というのです。
「侮辱されたい」「風邪をひきたい」を引き寄せる
人が何か欲しいものに意識を持続的に集中させると、宇宙はその最大の力で、その欲しいものを引き寄せます。しかし、とても重要なポイントがあります。作家で能力開発カウンセラーのリーサ・ニコルズは次のように述べています。
「『引き寄せの法則』はとても正直です。あなたが欲しいものを思い浮かべ、意識をしっかりとそれに向けると、毎回それを与えてくれます。しかし、あなたが欲しくないものに集中すると、『引き寄せの法則』はそうとは聞きません。『私は遅れたくない』と思っても、『引き寄せの法則』はそれを欲しくないとは聞きません。あなたが考えている『遅れる』という事が現実化してしまうのです。それが何回も繰り返し出現します。『引き寄せの法則』は欲しいか欲しくないかを判断してくれません。あなたが何かに意識を集中させていると、それが何であろうと、それを出現させてしまうのです」
なんと、「引き寄せの法則」は欲しいか欲しくないか、つまり、必要か不要かを選別できないというのです! 思考の対象そのものを引き寄せるだけで、否定形かどうかは判断できないのです。いくら否定形の表現をしても、それを引き寄せてしまうのです。
ですから、「この洋服に何もこぼしたくない」は「この洋服に何かをこぼしたい。もっと何かをこぼしたい」となり、「あの人に侮辱されたくない」は「あの人に侮辱されたい」になり、「風邪をひきたくない」は「風邪をひきたい」となります。「引き寄せの法則」は、その人が一番強く思い描いていることを実現してしまうわけです。
だから、けっして否定的なことを思ってはいけません。肯定的なこと、良いことだけを選ぶのです。ロンダ・バーンは述べます。
「宇宙は全ての供給源であり、全てのものを与えます。『引き寄せの法則』が働いて、全てのものが、人々、状況、出来事を通して宇宙からあなたにもたらされます。『引き寄せの法則』を『恩恵の法則』と考えてください。それは無限の恩恵から何かを引き出せるようにしてくれる法則だからです。あなたが望むものと完璧に同じ波動を放射すれば、あなたに対して理想的な人々、状況、出来事が引き寄せられ、あなたに届けられるのです!」
以上の言葉には、世界的ベストセラーである『ザ・シークレット』を書いたロンダ・バーンの思想が見事に要約されています。でも、当然のことながら、この思想は彼女のオリジナルではなく、さきほども少しだけ触れたニューソートを直接の源泉とする数多くの先人たちの業績を踏まえています。
そもそも『ザ・シークレット』という本は、同名のタイトルで製作されたテレビドキュメンタリー番組およびDVDの書籍版ですが、このDVDおよび本を作るために、彼女は、作家、聖職者、教師、映画製作者、デザイナー、出版社からなるチームを編成したのです。そして、そのプロジェクトは大成功し、大型台風となって日本を含む世界各国を直撃したというわけです。
著者のロンダ・バーン自身が「引き寄せの法則」の実践者ですから、彼女がこんなに大成功したということは、この法則に対する信用を大いに高めたということができるでしょう。
ビル・ゲイツに起業を決意させた本
『ザ・マスター・キー』
『ザ・シークレット』と並んで、日本の出版界を賑わせた本に、『ザ・マスター・キー』(チャールズ・F・ハアネル著、菅靖彦訳、河出書房新社)があります。著者のハアネルは、一八六六年ミシガン生まれのアメリカ人です。砂糖やコーヒーを扱う事業で莫大な富を築くかたわら、自分が学んだ成功哲学を多数の著書で紹介しました。
本書はその代表作であり、ナポレオン・ヒルやデール・カーネギーらが多大な影響を受けたとされているそうです。また、ビル・ゲイツがハーバード大学在学中にこの本の影響で起業を決意したという噂や、それゆえシリコンバレーの成功者たちは全員がこの本に書いてある内容を学んだという伝説も残っているとか。
そして、この本は『ザ・シークレット』にも引用されています。たとえば、バーンは次のようなハアネルの言葉を引用しています。
「思考と愛の組み合わせが、万能の力を持つ『引き寄せの法則』を作っています」
「思考に強力なパワーを与えて、人間が経験するあらゆる逆境を克服できるようにしてくれるもの、それこそが『引き寄せの法則』であり、それは別名、愛と呼ばれています。愛こそすべてのものの中に本来的に存在する永遠で基本的な原則です。それはすべての哲学、すべての宗教、すべての科学の中にあります。何ものも愛の法則から逃れることはできません。気持ちが思考に力を与えます。気持ちとは希望です。そして希望とは愛なのです。愛のともなう思いこそ無敵です」
このように、ハアネルの思想は、ジェームズ・アレンと同じく、「愛」を前面に出したキリスト教色が濃いものとなっています。『ザ・マスター・キー』という本も1917年に初版が刊行されていますので、時代性を感じさせるといってもよいでしょう。
しかし、自己啓発書の古典として知られるこの本は、20万部以上という当時としては画期的なベストセラーとなりましたが、1933年には発禁処分となっています。なんでも、教会の思想に合わないという理由だからだそうです。
ハアネルの考え方を見るとキリスト教の香りが非常に強い印象なのに奇妙ですね。キリスト教にもさまざまな教派があるので、そのあたりに発禁処分の原因があったのでしょうか。
『ザ・マスター・キー』の「まえがき」を読むと、ハアネルは次のように述べています。
「豊かに生きられるかどうかは、豊かさの法則をどれだけ認識できるかにかかっています。それは、心が単なる創造者ではなく、万物の唯一の創造者であるという事実を認識することでもあります。もちろん、何かを創造しようとしても、可能性を信じてそれ相応の努力をするまでは、何事も創造できません」
その具体的な例としてハアネルは電気の存在をあげて、説明します。
「電気という現象はずいぶん昔から観察されていましたが、誰かが電力を供給する法則を理解するまで、人々は電気の恩恵にあずかることはできませんでした。法則が認識されたため、現在、ほぼ全世界が電気によって明るく照らされるようになったのです。豊かさの法則も同じです。その恩恵にあずかれるのは、法則を認め、調和して生きる人々だけなのです」
「引き寄せの法則」の別名をバーンは「恩恵の法則」としましたが、ハアネルは「豊かさの法則」としたわけですね。そして、この「まえがき」を読むと、ハアネルが人間の心を「万物の唯一の創造者である」と表現していることに気づきます。なるほど、キリスト教会がこの本を発禁処分にした理由がわかってきましたね。なぜなら、教会にとって「万物の唯一の創造者」とは神以外にはありえず、それに人間の心が取って代わるなど、とんでもない危険思想だからです。
「もっとも強力な力はスピリチュアルな力である」
神よりも人間の心を重んじるというのは、20世紀の宗教とも呼べるニューエージ思想を思い起こさせます。そう、ハアネルの思想は非常にニューエージ的なのです。たとえば、「まえがき」の続きで、彼は述べています。
「自然のもっとも強力な力は目に見えない力なので、人間のもっとも強力な力は目に見えない力であるスピリチュアルな力であることがわかります。そしてスピリチュアルな力が自らをあらわすことができる唯一の方法は考えるプロセスを通してなのです。考えることはスピリットが持つ唯一の活動であり、思考はそのただ一つの産物です」
ここで登場する「スピリチュアル」という言葉は、まさにニューエージのキーワードであるといえます。ハアネルは、足し算や引き算はスピリチュアルな取引であり、推論はスピリチュアルなプロセスであり、アイデアはスピリチュアルな概念であり、疑問はスピリチュアルなサーチライトであり、論理や議論や哲学はスピリチュアルな機械であると表現しています。
「スピリチュアル」という言葉は現代の日本でも流行していますが、もっぱら霊的な意味で使われていますね。「スピリチュアリズム」というと「心霊主義」と訳されますが、この時代は世界的に心霊主義が台頭した時代でもありました。
ちなみに、『ザ・シークレット』の原点と銘打たれている本がいくつか出版界に出回っており、ハアネルの『ザ・マスター・キー』もその一つなのですが、それ以外にも『引き寄せの法則』(ウイリアム・W・アトキンソン著、林陽訳、KKベストセラーズ)とか『富を「引き寄せる」科学的法則』(ウォレス・ワトルズ著、角川文庫)などが有名です。この二冊は1910年に書かれています。つまり、『ザ・マスター・キー』と同時代に書かれた「引き寄せの法則」についての本であり、その内容もほぼ同じです。
そんな中、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著、吉田利子訳、ソフトバンククリエイティブ)という異色の本があります。これは、見えない世界にいるエイブラハムという霊的存在がチャネリングによって「引き寄せの法則」の真相を語るという、きわめてスピリチュアルなものです。
日本の出版界を賑わせた「スピリチュアル」と「引き寄せの法則」という2大人気ジャンルの根がじつはつながっていたことがよくわかりますね。そして、そのつながりはすでに『ザ・マスター・キー』の中にあったわけです。
でも、ハアネルの『ザ・マスター・キー』は霊的な次元には深く入り込みません。あくまでも、最強の成功哲学であり、自己啓発の名著として残っている本なのです。そして、その特徴は、偉大なことを達成するための「毎週行なう24のレッスン」として具体的なプログラムになっていることです。
そのプログラムはそのまま『ザ・マスター・キー』の目次にもなっており、それは次のとおりです。
第1週
すべてのパワーは内側からやってくる
第2週
潜在意識の驚くべきパワー
第3週
身体(からだ)の太陽
第4週
パワーの秘密
第5週
心の家の作り方
第6週
注意力を養う
第7週
イメージの威力
第8週
想像力を養う
第9週
肯定的暗示の活用法
第10週
思考は宇宙と個人をつなぐリンク
第11週
帰納的推理と客観的な心
第12週
引き寄せの法則
第13週
夢は実現する
第14週
潜在意識は宇宙精神と一つである
第15週
わたしたちの暮らしを支える法則
第16週
スピリチュアル・パワーを発揮する
第17週
象徴(シンボル)と現実
第18週
新しい意識の目覚め
第19週
運命を制御する
第20週
人は求めるものしか得られない
第21週
人間は平等である
第22週
波動の法則
第23週
お金とスピリチュアリティ
第24週
心の錬金術
これを見ると、現在のスピリチュアルや自己啓発のテーマがほぼ網羅的に出揃っていることがよくわかります。まるで精神世界関連の雑誌の特集一覧のような項目が並んでいます。いかにハアネルが現在にまで続くブームの震源地であったかがわかる気がしますが、とくに最後の第24週目の「心の錬金術」という言葉が、わたしにはとても印象的でした。なぜなら、錬金術と法則とは切っても切り離せない深い関係があるからです。そのことも、後ほど詳しく説明したいと思います。