シネマの街を世界へ 『西日本新聞』連載 #006

戦中の八幡製鉄所を想起

アリスとテレスのまぼろし工場

 

全国で公開中のアニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」(岡田麿里監督)を観ました。
途方もなく壮大なスケールのアニメで、世界と人間の本質をとらえ直す、まことに意欲的な作品でした。
さて、舞台となる町には、製鉄所があります。その製鉄所の爆発事故により全ての出口を失い、時間さえも止まった町で、「少年少女たちの恋する衝動」が閉じられた世界を動かしていくといったストーリーです。SFアニメですね。
この作品における工場の映像はあまりにも美しく、見入ってしまいました。都市や自然を美しく表現したアニメ映像はこれまでもたくさん見てきましたが、ここまで工場を美しく描いたのは画期的ではないでしょうか。その工場=製鉄所が爆発事故を起こすわけですが、煌々と明かりがともる工場を眼下に、煙が空を駆けるシーンは圧巻でした。
このシーンを観て、太平洋戦争末期の1945年8月9日の八幡製鉄所(現在の北九州市八幡東区)を想起しました。
この日、3日前の広島に続いて小倉が原爆の投下目標になっていました。しかし当日朝、米軍B29爆撃機は小倉上空に到達したものの、投下場所は長崎に急きょ変更されたのです。
変更理由は諸説ありますが、八幡製鉄所が関与しているという説もあります。米軍機による空襲から工場を守るため、「コールタールを燃やして煙幕を張った」と製鉄所の元従業員が証言しているのです。
わたしは小倉に生まれ、今も小倉に住んでいます。小倉に原爆が落ちていれば、母は確実に死に、わたしもこの世に生まれなかったでしょう。そうであるなら、今ここに生きているわたしは「まぼろし」です。
映画の中で町の住人の1人が「俺たちは、まぼろしか!」と叫ぶシーンがありました。それを見て、わたしのことを言っているのではないかと思いました。
わたしは、死者によって生かされているという意識をいつも持っていますが、そのことを改めて想起させてくれる作品でした。