囲碁
囲碁は宇宙の遊びです。囲碁ほどコスモロジカルでシンボリックなゲームはありません。将棋が人間界の戦争を模しているのなら、囲碁は宇宙の創世を再現しているのです。
まず碁盤は宇宙の模型です。それはその厳然たる正方形において大地をあらわし、縦横に走る道の直線によって整然と区画された方眼状において現実と空想の大地のシンボルとなっており、さらに国家・都市・寺院・住居のモデルとなっています。しかも囲碁のシンボリズムは空間のみに限定されていません。縦横19道361路は一年の日数の経過であり、四隅は四季であるなど、碁盤は日月星辰の推移を映し出して、さながら天体そのものとしてイメージされています。すなわち、碁盤の象徴するものはほとんど「道」そのものである宇宙の周期的生命力のリズムなのです。
そして黒白の石は、言うまでもなく陰陽の気そのものです。二人の対局者自身も陰と陽の対立であり、彼らが盤上に石を置いていくことは、ただちに陰陽の二気による天地の創造、少くとも天地創造の反復であることになります。碁局を据え、碁子を取る、この瞬間に潜在していた「道」の力は動きはじめ、次いで陰石が置かれ陽石が布かれます。対局者の意識がどうであれ、これはまぎれもなく宇宙発生の反復であり、いながらにして二人の対局者が天地創造の渦動のうちに遊ぶことを意味するのです。囲碁は三千年以上も前に中国で生まれたとされていますが、以来、孟子などをはじめ中国人たちはこの宇宙遊びを愛してきました。
日本に渡来したのは735年で、阿倍仲麻呂と一緒に唐に行った吉備真備が持ち帰ったのがはじめです。『源氏物語』からもわかるように、平安時代にはすでに流行していました。最古の碁譜として残っているのは鎌倉時代の日蓮上人とその弟子との対局ですが、囲碁をはっきり専門の域まで高めたのは京都寂光寺の日海上人です。この人がすなわち初世本因坊の算砂名人で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三武将の師でもあります。家康はしかも算砂を軍師として尊び、天下を統一するに及んで「碁所」を創設し、碁道を奨励しました。家康はおそらく、殺伐とした戦国時代の人心を平和に統一するために、囲碁のもつ魅力に着目したのでしょうか。それとも囲碁の魔術性を利用したのでしょうか。いずれにしても、世界に冠たる好老社会である「江戸」の誕生には囲碁が関わっていたのです。