平成心学塾 読書篇 あらゆる本が面白く読める方法 #017

思想編 第三講

社長の読書 なぜわたしは古典を読むのか?

私が以上のような考え方に至ったのには、社長という立場から読書について考えをめぐらしたからではないでしょうか。私が社長に就任したのが、2002年の10月です。

そのときに決心したのが、「数字に強い社長になろう」ということでした。それまでは、経済とか経営といったものをほとんど意識したことがありませんでしたし、高校のときから数学にはコンプレックスを持っていました。はっきりいって、数字には弱かったのです。

しかし、社長になったことで、金融や経済のことを学び直さなければならない必然性にかられたのです。

そのとき私は、いきなり金融論や簿記の本に取りかかるよりも、まず数を好きになろうと思いました。当時は、『数の悪魔』とか、わかりやすい数学本が出ていたので、それらを片っ端から読んでいった。

まず数学関係の本から始まって、続いて会計の本へ。それから金融論。ミクロ経済、マクロ経済を読んで、経済学。そして経営論。そこから哲学に帰ってきたというわけです。そういうコースで、自分で道筋を立てて、ジャンルをゴチャ混ぜにして読みまくっていきました。

『稲盛和夫の実学 経営と会計』(日本経済新聞社)で、「経営者たる者、会計に疎いようでは失格!」という啓蒙をしっかりと受けてから、『会計のことが面白いほどわかる本』(天野敦之著、中経出版)で会計の基本を、『金融入門』(岩田規久男著、岩波新書)で金融の基本を、『ミクロ経済学』(武隈慎一著、新経済学ライブラリ・新世紀社)でミクロ経済学の基本を『マクロ経済学』(伊藤元重著、日本評論社)をマクロ経済学の基本を学びました。それぞれ明らかな入門書です。

基本的知識を得た後は、それぞれの分野の本を20冊ずつくらい読みました。内容は、だんだんレベルアップしていきました。それから、ケインズとかハイエクとか経済学の専門書を読んだわけです。当然、当初からケインズやハイエクにとりかかっていたとしたら、チンプンカンプンで挫折してしまったかもしれませんが、入門書から始まって、ある程度の本を読んでいましたから、知識の蓄積があるのです。準備期間をとりながら読みこなしていったため、この段階で特別に難しいと感じた本はありませんでした。なかでも、私としてはシュンペーターの経済書が一番しっくり来ました。シュンペーターは、イノベーションの重要性を説いた人で、ウィーン大学の経済学教授だったドラッカーの父親の弟子です。ドラッカー自身も、経済に対する考え方はシュンペーターの影響を強く受けています。

シュンペーターを読んだ後、私は運命のドラッカー『ネクスト・ソサエティ』に出会ったのです。私の場合は、この本と『論語』が運命の1冊といえるかもしれません。

社長に就任したばかりで色々なことに悩んでいたころ、『ネクスト・ソサエティ』を読んで目から鱗が落ちました。それから一気にドラッカーの全著作を読破しました。

そのすべてが、現在の私に向けて書かれているとしか思えませんでした。 「なぜ、ドラッカーは自分(一条)のことを知っているのだろう?」と不思議で仕方ありませんでした。そのときのドラッカーの本が、ちょうど30年前に書いた本だったのです。これは一種の神秘主義かもしれませんが、そのとき、「ああ、ドラッカーは30年後の私のために書いてくれたんだ」と心の底から確信したのです。

そして、『ネクスト・ソサエティ』のアンサーブックである拙著『ハートフル・ソサエティ』を書いたとき、「きっと30年後の誰かの人生を変えるかもしれない」という強い予感がしました。

40歳を前にして、『論語』を読んだときにも同様の不思議な感覚を味わいました(ドラッカーを読んだときも、孔子を読んだときもそう思ったなんて、私も図々しいものです)。

孔子の言葉の1つひとつが、すべて当時の私が抱えていた問題に触れており、しかもその解決策を明快に示しているような気がしたのです。実例を1つあげれば、当時の私は悪友との飲酒の習慣に悩んでいました。悪友たちとつるんでいたら、仕事にならないが、腐れ縁はなかなか切れないものです。どうしようかと非常に悩みました。

そんなとき、『論語』を開くと、こんな言葉が書いてあったのです。

「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」。

「和」とは、自分の主体性を堅持しながら他と協調すること。「同」とは、付和雷同のことです。

したがって、この言葉の意味は「君子は協調性に富むが、無原則な妥協は排斥する。小人は逆である。やたらと妥協はするけれども、真の協調性には欠けている」となります。私は結局、和と同を混同していたのです。和が重視され、強調されるのは、それ自体は結構なことです。でも、その前提として、一人ひとりの主体性がしっかりと確立されていなければならない。

それがあって、初めて本物の和が生まれてくるのです。そのことを悟った私は、悪友と絶交しました。

孔子は2500年後の私に向けてメッセージを送ってくれたのです。本というメディアは時空を超えて、異なる時間に生きる者同士の心の交流を実現してくれるものなのです。

そこで不思議なことに気づいたのです。ドラッカーと孔子は同じことを言っている。要するに社会の中での人間の生き方、人間の幸せについて、孔子は政治を通じて、ドラッカーは経営を通じて、それぞれおなじことを語っているのだ、と。

政治にせよ経営にせよ、人の営みです。そこに人間尊重の精神が感じられた。この2人が似ているなと思い始めると、さらに読んでいるうちにそうとしか思えなくなってきました。どう考えても、孔子は古代のドラッカーであり、ドラッカーは現代の孔子である。

当初の私は経営という特殊な世界においては、うっそうとした無知のジャングルにいたと言ってもいいいかもしれません。左を見ても、右を見ても、何も知らない、何もわからない。ですから、どちらへ向かって進んでいけばいいのかもわかりませんし、どこに自分が目的とする道があるのかもわからない。それでも、第一歩を歩みださなければ道はありませんから、とにかくその一歩を刻むしか、私には選択肢がなかったのです。

そんなとき、私に間違いのない選択肢を示してくれたのが読書だったのです。

『論語』を読んで何の役に立つの?

安岡正篤はその著書などで古典を読むことを薦めています。

それは実践の場で役に立つ「実学」だから、という理由です。現代の人たちの多くがこうした古典に興味を持てない理由は、時代も状況もまったく変わってしまったのに、古臭い古典なんかがどう実践の場に役立つのかと思われるからでしょう。

しかし、人間関係だけはいつの時代も変わるものではありません。どんな科学技術が進歩したところで、柱の角に足の小指をぶつければ痛いのは変わらないのと同様です。

安岡は「中国古典は応対辞令の学問」と喝破しているわけですが、応対辞令とはつまり、社会生活の場におけるさまざまな人間関係にどう対処していくかという方法論のこと。

【『龍馬とカエサル』90-91参照】

まず、論語ほどわかりやすい本はほかにありません。みんな高校や大学時代に漢文で習っているはずなのです。すでに1回勉強しているわけですから、もはや知っているという錯覚があるうえ、そのときのイメージが災いして、難しいとか、堅苦しいといったイメージが染みついてしまいました。

しかし、漢文の授業ではいくつかを取り上げているだけで、それでは論語を読んだことにはなりません。

なぜなら、論語は大人になってから読まないとわからないのです。子供では永遠にわからない世界でしょう。

江戸時代も寺子屋で最初に読むのが論語です。「義を見てせざるは勇なきなり」とか「過ぎたるは及ばざるが如し」とかことわざとして日本人は知っているわけで、「師曰く」は日本人のDNAに染み込んでいます。論語は2500年の時間を経て、日本のリーダーが読んできた、みんなから愛されてきた、読み継がれてきた古典中の古典です。西洋人、欧米の経営者やリーダーが何かあれば聖書を読んで心のよりどころにするように、日本人の体の中に染み付いているのです。そういう1冊があると心の支えになって、いかなる状況にも対応する心構えができます。

論語は、日本国憲法とおなじようにいろいろな読み方ができます。そして普遍的な読み方や、深読み、浅読みも、さまざまな解釈が可能です。こういうのがよい本の条件だと私は思います。

昔から言い古されている言葉で、「無人島に1冊持って行くならどの本か?」という問いに、私は間違いなく『論語』と答えます。

何度読んでもいいし、いろいろな解釈ができる本。読むたびに違う味があるから飽きず、新鮮だということです。

私が40歳を迎えようとしていたときのことです。自分では若い若いと思っていても、はたから見ればもう「おっさん」と呼ばれる年代になるなと落胆のようなものがありました。それと同時に40歳になるのに何事もなしていないという焦り、そしてさまざまなことについての迷いも腐るほどある。「40歳といえば不惑で、もう迷わない年齢なんだな」と思っていたのです。不惑の出典はご存知のとおり、孔子の『論語』です。

自分はこんなに悩み、迷っているのに、孔子はなんで「40歳は不惑」だなんて言ったのだろうという単純な疑問が湧きあがってきました。

それなら『論語』を読んでやろうじゃないか、というわけで、『論語』を読む決意を固めたわけです。冠婚葬祭を業とする会社の社長になったばかりでもあり、根本思想としての「礼」を学び直したいという考えもありました。そして、『論語』を40回読んだら、不惑が得られるのではないかと考えました。なぜ40回かといえば、自分が40歳を迎えるからにすぎず、論理的な根拠なんてありません。そういうのが私の特徴なんです。

そして、40歳の誕生日に40回目を読み終える計画で、40日前から1日1回ずつ『論語』(岩波書店、金谷治・訳注)を読み始めました。学生時代以来久しぶりに接する『論語』でしたが、一読して目から鱗が落ちる思いがしました。

当時の自分が抱えていた、さまざまな問題の答えがすべて書いてあるように思えたのです。

『論語』を伊藤仁斎は「宇宙第一の書」と呼び、安岡正篤は「最も古くして且つ新しい本」と呼びましたが、本当に『論語』一冊あれば、他の書物は不要とさえ思いました。

1回目、2回目、3回目までは線を引いて、熟読しました。4回目以降はやはり、どんどん読むスピードが速くなります。だんだん自分の好きな言葉、線を引いたところがバンバン頭に入ってくるのです。『論語』を読んだのは、このときは初めて、つまり39歳11カ月なのですから、私も意外と「奥手」なものです。

40回読めば内容は完全に頭に入るので、以後は誕生日が来るごとに再読する。

つまり、私が70歳まで生きるなら70回、80歳まで生きるなら80回、『論語』を読んだことになる。何かの事情で私が無人島などに行かなくてはならないときには迷わず『論語』を持っていくし、突然何者かに拉致された場合にも備えて、つねにバッグには『論語』の文庫本を入れておく。こうすれば、もう何も怖くない。何も惑わない。

何のことはない、私は「不惑」の出典である『論語』を座右の書とすることで、「不惑」を実際に手に入れたのです。

世界の「四大聖人」の1人である孔子は紀元前551年に生まれました。ブッダとほぼ同時期で、ソクラテスより八十数年早い。孔子とその門人の言行録が『論語』です。『聖書』と並び、世界で最も有名な古典です。

西洋の人々は何か困った問題に直面すると、『新約聖書』を開いて、イエスの言葉に従って方針を立てることがしばしばあります。

同様に、日本の政治家や経営者などリーダーの多くは、『論語』に出てくる文句を思い浮かべ、それによって行動や態度を決めてきました。

というより、日本において『論語』は最高にして最強の成功哲学書でした。

徹底的に『論語』を読み込んだ日本人といえば、徳川家康や渋澤栄一の2人が有名です。

世界史上に燦然と輝く270年栄えた徳川幕府を開いた家康は、政治の世界における最高の成功者。

500を超える一流企業を起こし、日本の資本主義そのものを創った渋澤栄一もまた、経済の世界における最高の成功者。この2人がともに『論語』を愛読していたのは、けっして偶然ではありません。『論語』を読みこなしたからこそ、2人は最高の成功者となれたのです。

そして、『論語』は千数百年にわたって私たちの先祖に読みつがれてきました。意識するしないにかかわらず、これほど日本人の心に大きな影響を与えてきた書物は存在しません。特に江戸時代になって、家康の影響で徳川幕府が儒学を奨励しました。当然ながら、『論語』は必読文献として教養の中心となり、武士階級のみならず、庶民の間にも普及しました。

『論語』には「君子」という言葉が多く登場します。

君子は小人に対して用いられ、初めは地位のある人を意味したが、後には有徳の人を指すようになってきました。孔子ももちろんその用法に従っていますが、重要なことは君子はいわゆる聖人とは異なるということです。現実の社会に多く存在しうる立派な人格者であり、生まれつきのものではありません。憲問篇に「君子は上達す」とあるように、努力すれば達しうる境地、それが君子なのです。

そこで『論語』において君子という場合には、願望の意が込められていることが多いのです。

君子に関する記述をつなぎあわせていくと、『論語』とは古代中国のマネジメント書でもあったことがわかります。

20世紀のマネジメントの巨人であるピーター・ドラッカーが提唱した時間活用のタイム・マネジメントや、「知」を重視したナレッジ・マネジメントなどの原型を『論語』に見ることができます。

逆に言えば、世界初の経営書とされる『経営者の条件』をはじめとして一連の著書でドラッカーが説き続けた「人間尊重」の経営者像とは、限りなく君子のイメージに重なってくるのです。

一見、無味乾燥で小難しい抽象論ばかりが書かれている印象もある『論語』ですが、実際にはそんなことはありません。

孔子は古代のドラッカーであり、ドラッカーは現代の孔子であると言えるかもしれません。

理想の政治を説いた孔子、理想の経営を説いたドラッカー。ともに、社会における人間の幸福を追求したのです。

儒教とか君子とかいうと、堅苦しくストイックな印象があるかもしれませんが、孔子は大いに人生を楽しんだ人だったと思います。

その証拠に『論語』には「楽しからずや」とか「悦(よろこ)ばしからずや」といったポジティブな言葉が多く発見できます。仏典や聖書には人間の苦しみや悲しみは出てきても、楽しみや喜びなど見当たりません。

『論語』にポジティブな言葉が多いのは大いに評価すべき点でしょう。音楽を愛し、酒を飲み、グルメでファッショナブルだった孔子。そのうえ、2500年後の人間の心をつかんで離さないほど「人の道」を説き続けた孔子。『論語』に出てくる孔子は、ブッダやイエスのような完全無欠な聖人としてではなく、血の通った生身の人間として描かれているのです。

孔子が人類史上最大の「人間通」とされた秘密もそこにあったのではないでしょうか。何よりも、孔子は人間らしい人間だったのです!

これからも、私は『論語』を何度も読み直して、少しでも「人間通」になりたいと願っています。誕生日が訪れるたびに『論語』を読めば、老いるほど豊かになれる気がします。

ドラッカーのススメ

『論語』の孔子と並んで、大きな影響を受けた人物にドラッカーがいます。ドラッカーほどすごい思想家はなかなかいません。私は、19世紀を代表する思想家がマルクスなら、20世紀最大の思想家こそドラッカーであると信じています。

もともと、19世紀の「知」はダーウィンとニーチェとマルクスに代表され、20世紀のそれはアインシュタインとフロイトとドラッカーに代表されると思っていました。

ダーウィンは生物学者、ニーチェは哲学者、アインシュタインは物理学者で、フロイトは精神分析学者です。

いずれも人類に大きな影響を与えた偉大な思想家ではありますが、その「知」は世界をどう解釈するかという「解釈の知」だったように思います。

しかし、マルクスとドラッカーの2人は、ちょっと違うように思います。

他の「知」の巨人たちのように世界を解釈するだけでなく、2人は実際に世界を変革してきたのです。ただし、ともにフィルターの存在を通してでした。すなわち、マルクスは、レーニンをはじめとした世界中の革命家を通じて。そしてドラッカーは、ウェルチをはじめとした世界中の経営者を通じて、です。

しかし、マルクスの思想が経営者と労働者の対立を生み、世界に憎悪をもたらす性悪説でした。

一方、ドラッカーのそれは経営者と労働者の協調を生み、世界に友愛をもたらす性善説でした。ドラッカーの経営思想のおかげで、どれだけの労使紛争が回避されたか計り知れません。

ドラッカーのほとんどの本を翻訳された上田惇生氏は、ドラッカーこそノーベル平和賞を受けるに値する人物だったと断言されましたが、まったく同感です。

私は、20世紀の「知」を代表する3人に、アインシュタインとフロイトとドラッカーの名前をあげました。専門分野の異なるこの3人には、共通点があります。それは、3人とも人種的にはユダヤ人であるということです。もっとも、ドラッカーはユダヤ教徒ではなくプロテスタントでした。しかし、彼のただならぬ知性は、やはりユダヤ人であったということが大きかったと思います。

ユダヤ人は、とにかく頭がいいことで知られています。

たとえば、アインシュタインを生んだ自然科学分野を見てみましょう。アインシュタインも受賞したノーベル賞は、1901年にスタートしています。その年から25年度までのユダヤ人受賞者数を見ると、化学賞が147名中で26名、物理学賞が178名中で44名、医学生理学賞が182名中で48名となっています。それぞれ全体の18パーセント、25パーセント、26パーセントに相当しますが、ユダヤ人が世界人口に占める割合が0.2パーセントに過ぎないことを考えると、ものすごい数字だということがよくわかります。

このデータは、いかにユダヤ人の頭脳が優秀かということを示しています。

その他にも、映画界や音楽界もユダヤ人の強い影響力が及んでいますが、なんといっても代表的なユダヤ人の活躍の舞台は金融です。

ロスチャイルドやロックフェラーといった世界的な金融資本がユダヤ人によるものであることは有名です。

そして、彼らが現在の「百年に一度」の恐慌を呼び込んだ非人間的な金融工学を仕掛けた張本人であることを考えれば、

同じユダヤ人の中からドラッカーのような人間中心主義の経営思想家が出てきたことはとても興味深いと思います。いずれにしても、人類史のターニング・ポイントには常にユダヤ人の存在があることを改めて感じます。

ドラッカーは、ヒットラーおよびナチスを毛嫌いしていました。

そのために、故郷であるオーストリアを捨てアメリカに渡りましたが、その背景には自身がユダヤ人であったことも大きな要因であったはずです。雑誌記者を務めたこともあったドラッカーは、ヒットラーに直接インタビューをしています。そのとき、ドラッカーの目には、20世紀最大の、いや人類史に残るモンスターの正体が見えていたようです。

その人間観、社会観を見過ごすことはできませんでした。

何よりも、ヒットラーに代表される独裁者とはマネジメントの精神に最も反する人間だからです。

ドラッカーは、「マネジメント」の反対が「独裁」であるとまで言い切っています。