ハートフル・メッセージ サンレー会員様へのメッセージ『ハートライフ』連載 第13回

「『般若心経』で死を乗り越える」

 このたび、『般若心経 自由訳』(現代書林)を上梓しました。

 仏教には啓典や根本経典のようなものは存在しないとされますが、あえていえば、『般若心経』が「経典の中の経典」と表現されることが多いです。

 『般若心経』とは、何よりも大乗仏教の経典です。代表的な大乗経典としては『般若経』『華厳経』『維摩経』『勝鬘経』『法華経』『浄土三部経』などがありますが、同じ大乗経典といっても内容はさまざまです。

 起源もそれぞれ異なり、思想的に矛盾することさえもあります。大乗経典のうちのあるものは、大乗側の人々が「小乗経典」と呼ぶもの、すなわち上座仏教の経典と同じくきわめて古い時代の思想内容を持ちます。

 『西遊記』で知られる唐の僧・玄奘三蔵は、天竺(インド)から持ち帰った膨大な『大般若経』を翻訳し、262字に集約して『般若心経』を完成させました。そこで説かれた「空」の思想は中国仏教思想、特に禅宗教学の形成に大きな影響を及ぼしました。東アジア全域にも広まりました。

 日本に伝えられたのは八世紀、奈良時代のことです。遣唐使に同行した僧が持ち帰ったといいます。以来、一二〇〇年以上の歳月が流れ、日本における最も有名な経典となりました。

 特に、遣唐使に参加した弘法大師空海は、その真の意味を理解しました。空海は、「空」を「海」、「色」を「波」にたとえて説いた『般若心経秘鍵』を著しています。 わたしの自由訳のベースは、この空海の解釈にあることをここに告白しておきます。

 チベット仏教のダライ・ラマ一四世は『般若心経』について、ことあるごとに「日本では、この経典は亡くなった人のために葬儀の際よく朗唱されます」と述べています。すべての宗派の葬儀で『般若心経』が読誦されている訳ではありませんが、曹洞宗や真言宗などでは読誦されています。お経というと、日本人は葬儀を連想しますね。

 ダライ・ラマ法王の言葉に触れたとき、わたしは『般若心経』を自分なりの解釈で自由訳してみようと思ったのです。『般若心経』とは、多くの日本人にとってブッダのメッセージそのものかもしれません。そして、そのメッセージとは「永遠」の秘密を説くものであり、「死」の不安や「死別」の悲しみを溶かしていく内容となっています。

 今年の四月八日、ブッダの誕生日である「花祭り」の日、わたしは『般若心経 自由訳』を完成させました。これまで、日本人による『般若心経』の解釈の多くには誤解があったように思います。なぜなら、その核心思想である「空」を「無」と同意義にとらえ、本当の意味を理解していないからです。

 「空」とは「永遠」にほかなりません。「0」も「∞」もともに古代インドで生まれましたが、「空」は後者を意味したのです。

 また、「空」とは実在世界であり、あの世です。「色」とは仮想世界であり、この世です。わたしは、「空」の本当の意味を考えに考え抜いて、死の「おそれ」や「かなしみ」が消えてゆくような訳文としました。

 日本人の「こころ」は神道・儒教・仏教の三本柱が支えていますが、それに相当する書物が『古事記』『論語』『般若心経』ですが、それらは「過去」「現在」「未来」についての書でもあります。

 すなわち、『古事記』とは、わたしたちが、どこから来たのかを明らかにする書。『論語』とは、わたしたちが、どのように生きるべきかを説く書。そして、『般若心経』とは、わたしたちが、死んだらどこへ行くかを示す書。

 そう、わたしたちの未来が『般若心経』には説かれているのです。最後の「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい」という呪文の本当の意味を知ったとき、あなたの世界観は一変するでしょう。

 このたび自分で自由訳してみて、わたしは『般若心経』が、死別の悲しみを癒す「グリーフケアの書」であることを発見しました。『般若心経』は、死の「おそれ」も死別の「かなしみ」も軽くする大いなる言霊を秘めています。空海はそこに「真言」の神髄を見たのではないでしょうか。

 「人生一〇〇年」時代といいますが、超高齢社会を迎えた今、すべての日本人、葬儀後の「愛する人を亡くした」方々をはじめ、一人でも多くの方々が『般若心経 自由訳』を手に取られることを願っています。そして、どうか、みなさんが「空」の真理を知って、心安らかに、死を乗り越えることができますように・・・・・・。