一条真也のハートフル・ライフ 『終活WEBソナエ』連載 13

大いなる『永遠葬』の世界

■「0葬」への反論書を執筆

 こんにちは、一条真也です。
 22日、わたしの最新刊『永遠葬--想(おも)いは続く』(現代書林)が発売されます。宗教学者である島田裕巳氏の著書『0(ゼロ)葬--あっさり死ぬ』(集英社)に対する反論の書です。
 島田氏の提唱する「0葬」というものが話題になっています。通夜も告別式も行わずに遺体を火葬場に直行させて焼却する「直葬」をさらに進めた形で、遺体を完全に焼いた後、遺灰を持ち帰らずに捨ててくるのが「0葬」です。
 わたしは、葬儀という営みは人類にとって必要なものであると信じています。故人の魂を送ることはもちろんですが、葬儀は残された人々の魂にも生きるエネルギーを与えてくれます。
 もし葬儀が行われなければ、配偶者や子ども、家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自殺の連鎖が起きるでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなります。そう、葬儀という「かたち」は人間の「こころ」を守り、人類の滅亡を防ぐ知恵なのです。
 しかしながら、葬式は時代に合わせ、変わっていくべきだとわたしは考えています。実際、長い歴史の中で葬式は変わってきました。
 「マネジメントの父」と呼ばれるピーター・ドラッカーは企業が繁栄するための条件として、「継続」と「革新」の2つが必要であるとしました。これは、企業だけでなく、業界や文化にも当てはまることではないでしょうか。良いものはきちんと継続してゆく。時代の変化にあわせて変えるべきところは革新する。葬式という文化にも「継続」と「革新」が欠かせないと思うのです。
■「葬式いらない」は世界の笑いもの
 わたしは、決してわが社や業界のために本書を書いたのではありません。わたしは「会社は社会のもの」と考えています。社会に要らない会社や業界など消えてもいいと思っています。でも、葬式は社会にとって必要なものです。日本人の「こころ」に必要なものです。
 日本人が本気で「葬式は要らない」と考えはじめたら、日本は世界の笑いものになります。いや、それどころか、人類社会からドロップアウトしてしまう危険性があります。そんな事態は絶対に避けなければなりません。だから、わたしは悲壮感をもって『葬式は、要らない』に対抗して『葬式は必要!』を書き、今また『0葬』に対して『永遠葬』を書きました。
 葬儀によって、有限の存在である”人”は、無限の存在である”仏”となり、永遠の命を得ます。これが「成仏」です。葬儀とは、じつは「死」のセレモニーではなく、「不死」のセレモニーなのです。そう、人は永遠に生きるために葬儀を行うのです。「永遠」こそが葬儀の最大のコンセプトであり、わたしはそれを「0葬」に対抗する意味で「永遠葬」と名づけたのです。
■死者を軽んじる民族は滅びる!
 同書で、わたしは葬儀の本質と重要性を述べるとともに、通夜も告別式もせずに火葬場に直行するという「直葬」あるいは遺骨を火葬場に置いてくる「0葬」を批判しました。
 これらの超「薄葬」が、いかに危険な思想を孕(はら)んでいるかを声を大にして訴えました。葬儀を行わずに遺体を焼却するという行為は、ナチス・オウム真理教・イスラム国の巨大な闇に通じています。
 それにしても、この日本で「直葬」が流行するとは…。さらには、あろうことか「0葬」などというものが発想されようとは!
 「死者を軽んじる民族は滅びる」などといわれますが、なぜ日本人は、ここまで死者を軽んじる民族に落ちぶれてしまったのか?
 そんな疑問が浮かぶとき、わたしは「日本民俗学の父」と呼ばれる柳田國男の名著『先祖の話』の内容を思い出します。
 『先祖の話』は、敗戦の色濃い昭和20年春に書かれました。柳田は、連日の空襲警報を聞きながら、戦死した多くの若者の魂の行方を想(おも)って、『先祖の話』を書いたといいます。日本民俗学の父である柳田の祖先観の到達点であるといえるでしょう。
 柳田がもっとも危惧し恐れたのは、敗戦後の日本社会の変遷でした。具体的に言えば、明治維新以後の急速な近代化に加え、日本史上初めての敗戦によって、日本人の「こころ」が分断されてズタズタになることでした。
 柳田の危惧は、それから50年以上を経て、現実のものとなりました。日本人の自殺、孤独死、無縁死が激増し、通夜も告別式もせずに火葬場に直行するという「直葬」も増えています。家族の絆はドロドロに溶け出し、「血縁」も「地縁」もなくなりつつあります。『葬式は、要(い)らない』などという本がベストセラーになり、日本社会は「無縁社会」と呼ばれるまでになりました。この「無縁社会」の到来こそ、柳田がもっとも恐れていたものだったのではないでしょうか。彼は「日本人が先祖供養を忘れてしまえば、いま散っている若い命を誰が供養するのか」という悲痛な想いを抱いていたのです。
■キーワードは「山」「海」「月」「星」
 今年は終戦70周年の年です。日本人だけでじつに310万人もの方々が亡くなられた、あの悪夢のような戦争が終わって70年目の節目なのです。今年こそは、日本人が「死者を忘れてはいけない」「死者を軽んじてはいけない」ということを思い知る年であると思います。いま、柳田國男のメッセージを再びとらえ直し、「血縁」や「地縁」の重要性を訴え、有縁社会を再生する必要がある。わたしは、そのように痛感しています。
 そして、わたしたちは、どうすれば現代日本の「葬儀」をもっと良くできるかを考え、そのアップデートの方法について議論することが大切ではないでしょうか。同書では、わたしが現在取り組んでいる葬イノベーション--4大「永遠葬」を紹介します。日本人の他界観を大きく分類すると「山」「海」「月」「星」となりますが、それぞれが対応したスタイルで、「樹木葬」「海洋葬」「月面葬」「天空葬」となります。
 この4大「永遠葬」は、個性豊かな旅立ちを求める「団塊の世代」の方々にも大いに気に入ってもらえるのではないかと思います。どうぞ、『永遠葬』をご一読ください!