第一の魔法「身だしなみ」
礼法において最も基本となるものは、「身だしなみ」「立ち居振る舞い」「言葉遣い」の3つです。まずは、最初の魔法である「身だしなみ」についてお話しましょう。
身だしなみとは、身なりを正す心がけです。具体的には頭髪を整え、衣服を正しく着ること、そして女性であれば、化粧を正しくするということも入ります。衣服や化粧で自分を飾るということではなく、相手に不快感を与えない自分でいなければなりません。
人間関係を良くするためには、まずは相手に不快感を与えないことが大切です。というより、他人に不快感を与えないことは社会生活を送るうえでの大前提ですね。では、不快感とは何でしょうか。
人間は五感というものを備えています。すなわち「視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚」の5つの感覚のことで、具体的には「見る、聞く、嗅ぐ、触れる、味わう」といった感覚をいいます。このうち視覚・聴覚・嗅覚の3つの感覚は、外部からの情報を目と耳と鼻がキャッチするものです。
いま、あなたが誰かと会ったとき、まずあなたの全体の姿が相手の目に入ります。あなたの服装が乱れていた場合、相手は不快感を抱きます。あなたの声が小さくて聞き取れなかったり、声が大きすぎたりしても不快です。あなたが汗くさかったり、強烈な匂いの香水をつけていても相手は不快でしょう。
相手の視覚、聴覚、嗅覚に不快感を起こさせることのないように気遣いしなければなりません。これは「三つの不快」と呼ばれ、自分の意志に関わらず、強制的に入ってくる情報なのです。そして、その中でも特に気をつけなければならないのが「視覚不快」です。
「メラビアンの法則」というものをご存知ですか。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが1971年に提唱した法則です。人の行動が他人にどのように影響を及ぼすか。それは、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、そして、見た目などの視覚情報が55%の割合だというのです。その割合から「7I38I55のルール」とか「Verbal(言語)」「Vocal(聴覚)」「Visual(視覚)」のそれぞれの頭文字から「3Vの法則」などとも呼ばれます。
まさに、人は見た目で判断されやすいもの。最初に相手の目に飛び込んでくるのはあなたの表情であり、身だしなみです。表情に活気がなかったり、頭にフケがあったり、その場にそぐわない服装をしたりしていませんか。
まずは、身だしなみを整え、その場にあった服装をしなければなりません。そして、さわやかさを相手の目に感じてもらうことに心がけてください。
身だしなみの仕方はさまざまな場面によって変わります。たとえば、ビジネスマンやOLが仕事をしている場合と、冠婚葬祭や何かの式典に出席するときでは、自然と身だしなみも違ってくるはずです。男性はスーツが同じであっても、場面によってネクタイや靴を取り替えたりするなど、柔軟に対応する準備を日頃からしておくべきでしょう。
ファッションについては各自の好みもあるでしょうが、洋服でも和服でもすべては襟元がポイントといえます。ネクタイが曲がっていたり、和服の襟の合わせ目が乱れていたりすることのないよう、事前にチェックするという気遣いが大切です。クールビズでノーネクタイの場合でも、シャツの襟元が汚れていたりヨレヨレになっていないかどうかを注意する必要があります。
小笠原流には、服装や髪型についても作法があります。年齢よりくすんだ色合いを用いるほうがよいとされていますが、こういった教えは自分を飾って美しく見せようということより、「つつしみ」の心を忘れないようにということです。
小笠原流をはじめとした武士の作法には女性の躾(しつけ)についての資料は少ないのですが、江戸時代の伝書に『女中手鑑』というのがあります。その中に女性の化粧について、「御けわい(化粧)のこと薄々とあそばれよ、ことに御鼻くちびるに御心を添えられずば、見苦しきものにて候」と書かれています。
化粧は薄めにしなさい。鼻や唇にポイントを置いて化粧しなさいといっています。
また、こんなことも書いてあります。
「今朝におよびたらんに、その姿にて君主(夫)、父母には対面するまじき事、対面に及ぶに御けわい候てあるべく候、これ第一、女子のたしなみたるべし」
朝起きたら、必ず顔を洗い、化粧をすることが女性のたしなみとしていたのです。時代が変わっても化粧は女性の身だしなみです。その大切な身だしなみを電車の車内などで行なう女性もいるようですが、まったく言語道断です。最近は東京の地下鉄の構内に「家でやりましょう!」という車内化粧行為を戒めるポスターが貼られていますが、あれほど他人にとって「視覚不快」はありません。
また、男性の身だしなみについては、『葉隠』を紹介したいと思います。佐賀藩の武士が守る武士道の書で、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉が有名です。武骨で知られる佐賀藩士たちは、水浴で身を清め、下着を替え、爪は切ったあとで軽いしで磨き、さらに「とくさ」をかけてきれいにし、月代(さかやき)を剃り、髪には丁子油をつけるという身だしなみを躾けられたといいます。さらに顔色がすぐれないときには、武士でも頬紅を使えと教えられていたそうです。
まさに武士の美学です。身だしなみをととのえることによって、自己の心をととのえたわけです。
相手に好印象を与えることで、良好な人間関係がスタートしますが、その基盤には「礼」の心がなければなりません。特にビジネスで相手と商談をするような場合に重要なことは、「礼」の心の中でも「つつしみ」の心を大切にすることです。「つつしみ」は、人と人とのコミュニケーションを深く進めてゆく上で、人や場面との調和を崩さないように心掛けるということです。
その上で、オシャレをすることが大切です。人間関係においてはファッションも重要な要素なのです。古いと言われればそれまでですが、わたしは、かのホリエモンにどうしても社長をイメージすることができませんでした。いつもTシャツをはじめとしたカジュアルな格好だったからです。
では、スーツを着ればよいのかというと、スーツを着た方がふさわしい場ではスーツを着る。Tシャツでも構わない場では、Tシャツを着ればよいのです。
要は、時と場合、つまりTPOをわきまえた服装を心がけることが必要ではないでしょうか。フォーマルな服装が求められる場でも常にカジュアルというのは、かえって肩に力が入っていてカッコ悪いものです。
ビジネス社会においてスーツは武士の正装です。また、ネクタイをきちんと締めていれば、真面目に仕事に取り組む姿勢を示したことになります。少々うさんくさい人もネクタイをしていれば、少なくとも表面的にはまずは真面目な人だろうと見られるのです。
身だしなみこそ、人間関係を良くする基本中の基本であり、いわば魔法の初歩であると知りましょう。